平成28年度地域国際化ステップアップセミナー in HIROSHIMA

「スポーツ×国際協力」で地方創生に挑む!
~平和を結ぶスポーツの力と持続可能な開発目標(SDGs)~

開催日:201699日(金)13301700
会場:サテライトキャンパスひろしま(広島県民文化センター5 階 大講義室)
参加者数:55名(自治体、地域国際化協会、NGONPO、企業等、関係者)クレア職員・スタッフ含 68名

はじめに

近年、『開発と平和』においてスポーツの力が注目されています。国際連合では、『開発と平和』を前進させるために体育活動を利用することへの認識が高まっています。2015 年に150を超える加盟国首脳の参加のもと国連本部で採択された、『2030アジェンダ 持続可能な開発目標(SDGs)』においても、スポーツが社会の進歩に果たす役割は大きいことが記されています。

また、日本国内においても、2019年「ラグビーワールドカップ」や、2020年「東京オリンピック・パラリンピック」の開催を控え、各自治体におけるスポーツを通した地域活性化や国際化が大きく注目を集めています。

中国地方でもキャンプ候補地の誘致をきっかけに国際交流が始まり、更には、地域の技術を国際協力・貢献に活かす地方自治体も出てきており、地方創生/地域活性化の新しい形を模索する動きが始まっています。これを好機と捉え、「スポーツ×国際協力×地方創生」について、近年の世界の動きと、国内の先進事例を交えながら考える機会となりました。

特別ゲスト講演:「平和を結ぶスポーツの力」
講師:中島 浩司 氏 
(株)ベアフット代表取締役、サンフレッチェ広島OB

自己紹介を頂いたあと、東日本大震災の支援をする「東北人魂を持つJ選手の会」での活動、支援内容や実施する中で気付いた「スポーツの人を惹きつける力」についてお話を伺いました。
その後、サンフレッチェ広島国際親善大使として関わっている、「なんとかしなきゃ!プロジェクト」で訪れたコートジボワール、エチオピア両国での活動をについてお話いただき、現地に派遣されていた青年海外協力隊員(スポーツ隊員)と協力したイベントの実施、そこで出会った現地の子どもたちや関係者との印象的なやり取りを交え、スポーツが内戦後のコミュニティの信頼関係醸成に果たす意義、ルール順守やチームプレイを通して、子どもたちが規範や人間関係について学んでいく様子など、スポーツがより良い社会を築いていく上で、重要なファクターになると言うことです。

最後に、スポーツの持つ力について、スポーツはプレイする人だけのものではなく、見る人、応援する人、準備をする人、それ以外の多くの人も巻き込む力があること。誰にでも分かり易く、関わり易く、様々な可能性を開く力があること。そして、スポーツは平和な社会の構築にも貢献できることをメッセージとしていただきました。

コートジボワールで子どもたちと
エチオピアにて
セミナー当日の様子

話題提供:「世界の潮流と国内における事例紹介」
「スポーツと国際協力-スポーツに秘められた豊かな可能性とSDGs」
講師 :齊藤 一彦氏 
広島大学大学院教育学研究科 教授 

はじめに、研究テーマを「スポーツと国際協力」にするに至った経緯について、スポーツ分野の青年海外協力隊員としてシリアに派遣された経験により、学校や地域においてスポーツ活動が行われているところとそうでないところとでは、人々の人間性や集団の雰囲気等に何か違いがあるように感じ、この理由を解明したいと思い、この研究に着手しました。

2013年IOC総会のスピーチにおいて、安倍首相は『スポーツ分野の国際協力』に日本政府の積極的な姿勢を示し、「我々が実施しようとしている新しい機関であるスポーツ・フォー・トゥモローのもと、日本の若者はもっと多くが外に出ていき学校でスポーツをしたり、体育のカリキュラムを作る手伝いをするでしょう。やがてオリンピックへの成果として2020年に現れ、スポーツをする喜びを100を越す国で1000万人に向けて直接届けているはずなのです。」とのスピーチを行いました。

スポーツと国際協力といっても、「スポーツ界の開発」と「スポーツを通じた開発(社会課題解決)」という2つに大別できます。後者の例では、スポーツの集客力等をツールとして活用しようというものです。例えば、HIVなどの感染症における正しい知識の周知はなかなか難しいのですが、スポーツイベントを開催すると多くの人々が集まる為、そこで必要な情報を提供することが効果的であることがわかってきています。その他、紛争解決、難民問題、難民キャンプでの心身のケア、平和構築など色々な側面でスポーツが効果を発揮しています。これらの事から、『スポーツを通じた開発』が近年注目を浴びています。

これまで日本がスポーツに関連して、どのような国際協力を進めてきたかですが、代表的な例にはODAを通じたスポーツ関連施設の整備やJICAの青年海外協力隊などがあります。

青年海外協力隊ではこれまで50年以上に渡り3500人以上のボランティア派遣をしてきております。これらは国際社会では高く評価されており、それが2020年の東京オリンピック招致の成功要員のひとつにもなったのではないかと考えられます。

一方、世界ではMDGs(ミレニアム開発目標)の中で、スポーツが開発目標に寄与することが明示され、さらにその後、国連の中にもスポーツを通じた開発をする組織体制が整い、特に2008年には国連開発と平和のための事務局が設置され、国連を中心にこのような体制を整える動きが見られるようになりました。実は、日本にはまだこの時点では「スポーツ」を通して国家開発をするというような意識は浸透していませんでしたが、国連や諸外国ではスポーツを通じた開発という視点がどんどん広がり、徐々に実行体制が整ってきました。カナダやイギリスなどもその代表例です。

現場で活動するNGOの立場または、日本で暮らす外国人当事者の目線から自治体が外国人住人を巻込むのに有効な手段としては、「国際交流×防災」をテーマにしたイベントが挙げられます。各国の料理を作ったりパフォーマンスを披露したり、多くの外国人参加者が集まりました。また、情報の多言語化もとても重要です。熊本の震災では多言語化が早く、例えば避難所の場所など重要な情報を多言語で提供していました。

2030年に定められたSDGs(持続可能な開発目標)17のゴール169のターゲットにおける、2030アジェンダには「スポーツもまた持続可能な開発における重要な鍵となるものである。我々はスポーツの寛容性と尊厳を促進することによる開発および平和への寄与、また健康教育、社会的包摂的目標への貢献と同様、女性や若者、個人の能力強化に寄与する事を認識する」とスポーツの果たす重要な役割について記述があり、SDGsの中にスポーツの力が埋め込まれていることがわかります。例えば、ゴール3『すべての人に健康と福祉を』、ゴール4『質の高い教育をみんなに』、ゴール5『ジェンダー平等を実現しよう』をはじめ、国連の資料の中では17のゴール全てとスポーツが関わりを持つことが出来るとされています。例えば、ゴール14『海の豊かさを守ろう』では、水上スポーツなどを通して海の資源や環境について学ぶ事が出来ます。また、ゴール6『安全な水とトイレを世界に』では、水や衛生教育を提供する場にスポーツの集客性を利用するというものもあります。このように、色々な側面でスポーツの力が活用できるのではないかと期待されています。

また、現在日本政府が進めている『スポーツ・フォー・トゥモロー』は、戦略的に国際貢献をするという事でALL JAPANで取組む体制が整えられ、総合的に取組んでいこうという流れが、いま日本で広がりつつあります。

スポーツと国際協力を考える際に気をつけるべき点としては、スポーツは万能薬ではなく、その「プラス面」と「マイナス面」について頭に入れながら活用することが大切であると考えます。

セミナー当日の様子
セミナー当日の様子


事例紹介:「ジャマイカの陸上チーム誘致からはじまった、鳥取県の国際協力」
 講師:岡山 佳文 氏
 鳥取県観光交流局 交流推進課 課長補佐     

鳥取県は、2007年、2015年の2回にわたり、世界陸上大会事前キャンプ地として、ジャマイカ代表団を受け入れてきました(2015年実績11日間約80名)。2015年は、期間中、県民との交流が盛んに行われ、サイン会や公開練習では12,500人の県民がジャマイカの陸上競技の選手を目の当りにして歓喜の声を上げ、陸上選手のサイン会では未来のオリンピック選手になるかもしれない子供たちがたくさん集まりました。また、中高生、青少年向けの指導教室では真剣な眼差しで指導を受ける様子が見受けられました。

代表団受入れが契機となり、県はジャマイカのウェストモアランド県から姉妹提携の申し出を受け、友好議員連盟設立、姉妹都市提携締結ジャマイカ大使杯スプリント大会開催など、国際交流を進めてきました。鳥取県はJICAの自治体連携ボランティア事業を活用し、来る今年の12月から2年間ウェストモアランド県に職員1名を青年海外協力隊員として派遣することとしています。もう一方では、ウェストモアランド県の職員1名についても自治体国際化協会(CLAIR)の自治体職員協力交流事業(LGOTP)を活用し、今年7月から来年5月までの予定で鳥取県に来て頂いています。

ウェストモアランド県との交流については、文化交流団が同県を訪問、同県からは研修生や技術者を招聘するなど新たな交流も進められおり、2020年東京オリンピックではジャマイカのホストタウンとなることが決まりました。また、ウェストモアランド県が姉妹都市提携にあたり最も関心を示していた経済活性化について、関係団体と連携しながら進めていきたいと考えています。 今後の動きとしては、自治体国際化協会(CLAIR)の自治体国際協力促進事業(モデル事業)を活用し、平成28年度から2年間事前調査を実施し、平成30年度からは、JICAと連携しながら具体的な事業の展開を予定しています。

ジャマイカとの関係は、二地域間の交流を進めていくなかで現在のかたちとなったもので、特に国際交流と国際協力の定義に縛られず取り組んでいるものです。さまざまな克服しなければいけない課題も多いですが、人と人、心と心のつながりを構築しながら取組んでいきたいと考えています。

セミナー当日の様子

事例紹介:「岡山市×ハート・オブ・ゴールド 保健体育の普及と国際理解(ESD)」
 講師:井上 恭子氏
 (特活)ハート・オブ・ゴールド 事業部  

今年度は、岡山市と協力して(一財)自治体国際化協会からの助成を受け、カンボジアの小学校体育普及支援を行っています。まず、カンボジアの小学校体育について簡単に説明します。ハート・オブ・ゴールドはJICA草の根技術協力事業として2006年からカンボジアでスポーツ青年教育省と共同で、小学校の体育科教育に取組んできました。この事業は、指導要領と指導書を教育省のスタッフと共に作成するところからスタートしました。子供たちの体力測定を行い、体育の用具についても新たに作っていきました。指導要領、指導書の作成に携わった職員の中から、この事業を進める中心的な役割を担う、ナショナルトレーナー6名を選出しました。しかし、彼らは新しい体育のような授業を受けたことも見た事も無い状況で、彼らの知識と技術の向上が重要な課題の一つとなりました。また、体育の授業のモデルとなる拠点校を選定し、体育用具や設備の無い中、代用品等で工夫し新しい体育の授業を試み、同時に指導者の養成も行っていきました。 いまでは、24州1市のうち、15州で拠点校2校と教員養成校で新しい体育が実施されるようになり、評価基準を満たした学校については、教育省が研究指定校に認定しています。この9月末に10年間の事業を完了し、ひとつの節目を迎えます。今後は教育省が主体となり、研究指定校や地域トレーナー(RT)を中心に地域ごとにさらに新しい体育が広がる事が期待されています。

こうした流れの中、岡山市保健体育課とハート・オブ・ゴールドでは、カンボジア体育普及の補完的な支援として、今年は2つの活動を計画しました。1つ目は、岡山市の現職教員による体育指導講習会の開催。対象はサブナショナル・トレーナー、州と郡の教育基地局の担当者、体育拠点校や教員養成校の校長、教員としました。2つ目は、サブナショナル・トレーナーに対し、岡山の小学校で体育事業を中心とした招聘研修の実施です。これからさらに体育科教育を広めていく為に、サブナショナル・トレーナーの養成が急がれている状況を鑑みて、岡山県や岡山大学にも協力いただき、招聘研修は10月に実施する予定です。

岡山の先生方は、この講習会を通じて自分達の持っている技術や知識を伝える事が目標でしたが、改めて体育とは何を教える教科なのか?体育の目指す方向は?という本質的なところに立ち返り、教科としての体育の力をしっかり理解した上で今後子供たちに向き合って行きたいと、非常に貴重な経験があったことを報告しています。

これまでも、ハート・オブ・ゴールドは岡山市と連携して体育事業の支援を行ってきました。2011年の短期招聘事業では、ナショナルトレーナーが始めて『運動会』というものを目にしました。その2年後、カンボジアの教育省から彼ら主催で『運動会』を開催するので、是非支援してほしいという要請があり、それを受け2013年から『運動会実施支援』を3年間継続して実施しています。ここで、岡山市がはじめて、これまでの『研修』から一歩踏み出して教育委員会職員や学校教員の『公務』での派遣を行いました。これは、とても重要なポイントで、一連の事業が支援だけではなく、岡山市にとっても価値があるものと評価された結果だと言えます。2014年には、岡山でESDEducation for Sustainable Development持続可能な開発のための教育によるUNESCO世界会議が行われ、ESDという視点からも国際協力というキーワードの有益性が認められ、公務での派遣が実現したと思われます。

カンボジアでは、2023年に同国で開催する東南アジア大会(SEA GAME)を見据え、運動会事業を高く評価し、現在では独自の予算で全国への普及に乗り出しています。

途上国への職員の派遣やNGOとの連携は、日本の教育委員会にとってはハードルが高いと思われがちですが、それを可能にした背景には、岡山市とハート・オブ・ゴールドがこれまで様々な関わりを持つ中で信頼関係を築いてきたことが良い結果を生んだ要因だと思います。

また、それまでに現職の教員や大学の職員の方が長期休暇や有給休暇を利用して研修に参加をして下さるなど、多くの方がカンボジアでの活動にボランティアとして参加してくださり、それらの一般市民の参加も大きな力となりました。

ハート・オブ・ゴールドの主な活動は、カンボジアでのスポーツや教育を通した自立支援、人材育成で「魚をあげるのではなく、魚の漁り方を教える」です。そして、その活動を日本国内で報告することによって理解を広げ、更なる参加者や支援者を募っています。その中で、ESDとしても、異文化理解や国際理解教育のお手伝いをしいています。当団体では、以前から特に学校の先生に「カンボジアへ行きましょう!」という活動への参加を呼びかける活動を進めてきました。それは、先生が変われば子どもが変わり、先生が成長すれば子どもが成長するという確信を持っているからです。その先生方の影響力を考えれば、効果はとても大きいものとなります。これらが岡山市への働きかけや連携の直接的な提案に繋がっています。その代表例が『グローバル人材の育成に向けた地域と協働した岡山型ESD推進事業』(岡山市教育委員会指導課[日本ユネスコ国内委員会])です。この事業で、ハート・オブ・ゴールドがカンボジア全行程の受入れ調整を行いました。

行政との連携は、事業への信用性を高めて更なる事業の広がりやその他の機関との連携に有益な効果をもたらします。カンボジアでの体育科教育は、今後彼ら自身の手で主体的に行われるようになると思います。それは、これまでの活動そのものが、持続可能な開発であり、またその為の教育を当団体で実践してきたからです。「魚をあげるのではなく、魚の漁り方を教える」ここに、NGOと連携する事の意義があると考えます。岡山市との連携において、ハート・オブ・ゴールドの役割は、①事業内容となる現場のニーズや課題の提案②関係機関の調整の2つであると思っています。NGOは行政機関や自治体とは業務内容も手続きも大きく異なる組織ですが、その違いが連携には必要であると考えます。今回の連携においてNGOの立場では、「スポーツを通した国際協力」という活動内容や「機動力、調整力」を生かすことが出来ました。

2020年「東京オリンピック・パラリンピック」に向け、様々な機関と連携、協働を図っていきたいです。


セミナー当日の様子

事例紹介:「障害者スポーツと社会発展」
 講師:事務局長 中村 由希 氏
 (特活)アジアの障害者活動を支援する会(ADDP)

ラオスの状況を当会が知ったのは1997年ごろでした。それまで、ラオスはあまり知られておらず、ADDPではラオス以外の東南アジア諸国で国際交流の一環として車椅子バスケットの振興を目的に様々なイベント実施していました。その際にラオスの保健大臣と意見交換をする機会がありましたが、当時は障がい者支援まで手が届かないという状況でした。

ADDPはこれまでラオスで15年間に渡り障害者スポーツ支援を行い、スポーツを通して、

障害者1人1人が自信と自立への力を育み、それによりインクルーシブ社会を築くことを目指しています。支援には2つの側面から関わり、1つ目はエンパワーメントへの支援として障がいを持つ当事者や社会に向けた直接的な支援を行い、2つ目はラオス政府への支援としてパラリンピック委員会の振興支援を行ってきました。

ここで「障がい者スポーツの意義」についてお話します。障害を持った人々が自信を持って生き生きと輝き、自立した人生を過ごし、社会の一員としてコミュニティにおける自信を醸成するのがスポーツの力だと思います。また、リハビリテーションという側面からもスポーツをする事で身体能力が向上し前向きな気持ちが生まれる。それが社会参加の意欲向上や就労意欲向上にも繋がるなど、障がい者スポーツの効果性が言われています。

ラオスでの活動について少しご紹介します。現地のニーズからバスケットボールをしたいという声を受け、まず日本から指導者を連れていく事を考え、車いすバスケット第一人者のコーチにお声がけしたところ、ふたつ返事でご快諾頂きました。また同時にバスケットボール用の中古車いすも幾つかご用意頂き、残りの車いすバスケ車も最低限必要な数だけドネーション(寄付)を行い、集めました。更に、コーチはスポーツにおける基本精神として、バスケを心から楽しむ、技術を磨く、チームとして結束する、道具を大事にする、運動靴を履く等についても指導下さいました。このとき、ラオスではそれまで運動靴を履くという習慣がなく裸足で車いすバスケ車に乗っている状況でしたが、それは危険であり靴を履くことを指導するなど、基本的なことから一つ一つ指導をして下さいました。練習メニューでは、コーチが10日間かけて基礎指導を行い、中古の車いすが壊れた際には自分たちで修理をする為の簡易修理技能実習も行いました。このようにして、10年前にラオスで正式に車いすバスケットチームが誕生しました。

しかし、正式な国際大会に出場するには、選手たちが自ら手を挙げるのも困難で政府のパラリンピック委員会がしっかり稼動する必要があるという課題に直面しました。そこで、これまでの当事者への支援のほか政府のパラリンピック委員会組織強化支援をNGOとして始めました。ラオスのパラリンピック委員会は1997年に発足していましたが、事務局としては全く機能していない実情があったため、ADDPではJICAの草の根技術協力支援を利用し3年間の支援活動を始めることとなりました。  

政府のパラリンピック委員会が機能してきたところで、次に定期的な指導者派遣や練習場所の確保という課題が出てきました。当時、ラオスには体育館がビエンチャンに一つもありませんでしたが、障がい者スポーツを推進するうえで体育館は必要不可欠であったため、ラオスで活動する様々なNGOと協力し日本政府の支援のもとラオスで体育館が設立される動きとなりました。これらの経緯を経て、ついに車椅子バスケットクリニックと国際大会が行われる運びとなり、いまも都市部だけでなく地方を含む全国への障がい者スポーツ普及の仕組みづくりを目指しています。

日本でも障がい者スポーツの全国大会が持ちまわりで実施されていますが、障がいを持った人々が(社会に)受容される社会づくりに大変役立つ役割を果たします。ラオスでも同様に持ち回りで国際大会が実施されるようになり、2回目は政府のイニシアチブのもと開催されました。ラオスで車椅子バスケットチームを牽引している青年の事例をご紹介しますと、彼は16歳でポリオの障害を受けましたが車椅子バスケットに出会い人生が変わった一人で、車椅子バスケがしたいから仕事を探し、起業し、仲間の車椅子バスケ選手を雇用するまでに至りました。

日本の自治体には障がい者スポーツの支援を行うノウハウがたくさんあると共に、一過性ではなく継続的に大会が開催される事には大きな意義があります。

今後は、障害者アスリートへの支援だけでなく、政府支援を継続して行い、ラオスにおける障害者スポーツ振興を、より進めていきたいと思っています。

セミナー当日の様子

パネルディスカッション報告
◆情報提供:「JICAのスポーツ協力」
 講師:池田 修一氏
 (独)国際協力機構中国国際センター 所長

はじめに、スポーツ分野をODAの主役にする考え方は従来にはありませんでした。ところが、これまでのODA支援実績を積み上げてみると結構な数の協力成果を上げてきた事がわかり、青年海外協力隊やシニアボランティア等で88カ国に3671名の方が体育科教育、柔道指導、水泳指導などで派遣されてきました。

これまで、JICAでは青年海外協力隊としてスポーツ隊員を派遣しているものの、戦略的にスポーツを事業の中に位置づけることはありませんでした。しかし、現場からの声や肌で成果を感じる場面は多くあり、これまで100件程が過去に青年海外協力隊やシニアボランティアの指導を受け、オリンピックに出場してきたことがわかってきました。例えば、リオ・オリンピックに出場した選手においては、10カ国においてボランティアが指導していたことがわかっており、中には実際にナショナルコーチとして参加していたボランティアもいました。これらの指導成果が実を結び、日本の柔道選手のメダルが取りにくくなったという議論にも発展するかもしれませんが、他方ではその事がスポーツを普及することになり、尚且つ柔道がオリンピックの種目に加わった背景になったとも言えます。
2020年のオリンピック招致活動の中でスポーツ分野の国際協力を『スポーツ・フォー・トゥモロー』を通じて実施する事が掲げられました。過去の経験から体育科教育やスポーツ教育を実施することは平和構築や難民問題の改善など壊れたコミュニティを再生するプロセスにおいて、或いは規範を守るといった教育そのものにおいても非常に効果があることが分かり、その効果と役割が見直され始めています。JICAではスポーツと国際開発における戦略立案の気運が高まり、いまでは3つの柱を軸に『開発とスポーツ連絡会』が発足し、NGOや自治体、産学などマルチセクター連携での支援が始まっています。

体育科教育の重要性を見直しとカリキュラム開発を含め体系化された教育指導の実施。
社会的弱者の社会参加、平和構築、高齢化対策などでスポーツの力を横断的に活かす。
③ 国際競技大会の開催や出場は、国の活性化においても重要な位置づけとしてスポーツ振興或いは選手の育成支援を実施する。

具体的には、ハート・オブ・ゴールドが実施しているカンボジアにおける運動会の開催支援では、地域の一体感が生まれる効果がわかっていますが、青年海外協力隊の派遣もそれに合わせて戦略的に派遣しようという流れに繋がりつつあります。また、学校体育の重要性の見直しではJICAと筑波大学が連携し、体育科教育を体系的に教えるために発展途上国から関係者を招聘し、各国のプランをたてて貰った上で日本式の体育科教育を教え、自国に戻った際のフォローアップを支援する動きにも繋がっています。

様々なアクターと協力し、国内研修事業も含め、戦略的にスポーツを活用した事業を実施することが重要だと言えます。

◆パネルディスカッション
コーディネーター:齊藤 一彦氏  広島大学大学院教育学研究科 教授
パネラー:
岡山 佳文氏  鳥取県観光交流局交流推進課 課長補佐
井上 恭子氏 (特活)ハート・オブ・ゴールド 事務局
中村 由希氏 (特活)アジアの障害者活動を支援する会(ADDP)事務局長
池田 修一氏 (独)国際協力機構 中国国際センター 所長

【問い】支援する側のメリットについて、例えば、ハート・オブ・ゴールドの場合、カンボジアの子どもを支援することによって、岡山側にもメリットがあるのでしょうか?

【回答① 岡山】
鳥取県の場合、国際協力に囚われず、国際交流の枠組みの中で事業を実施していますが、行政機関なので、予算編成の時に効果について問われることはあります。

直接的かつ短期的な効果は分かり辛いですが、地方公共団体としてやる意義はあると思います。人と人との繋がりを大切にしながら、先方のニーズを引き出し、国や関係団体も巻き込んでの実施が現実的だと考えています。また、費用対効果を数値で示すことは難しいので数値化はしていません。

【回答② 井上】
岡山市では、2014年のESD会議で「ユネスコスクール宣言」を行い、子供たちが誰かのことを考え、未来に繋がるような行動に移していくことに、積極的に取組むことになっています。そういった意味で、カンボジアに先生が派遣されることは意味があり、岡山の子どもたちにも繋がった活動であると思います。

【回答③ 中村】
障害者スポーツの分野でも、指標を表すことは難しいですが、スポーツには社会参加を促し、良い人間関係や自信、自立に繋がる効果が確かにあります。
また、日本はインクルーシブな共生社会と言われますが、現実には垣根も多くあります。その点、途上国には垣根が少なく、だからこそインクルーシブな取組みがみられます。この部分は、私たちにとっての気づきになり、メリットと言えるかもしれません。

【回答④ 池田】
私たちは税金で国際協力を行っており、費用対効果は常に求められます。スポーツ教育を考えた時、それは意識しないといけませんし、指標を開発することも必要であると考えています。

例ば、スポーツによる健康寿命の増進や健康経費の削減なども挙げられると思います。また、地方創生に目を向け、地方創生に役立つ国際協力は何か、いつも考えています。

【問い】ラオス、カンボジア、ジャマイカでは、どのくらいの人がスポーツを行っているのですか?

【回答① 中村】
途上国はスポーツ愛好国だと思います。ラオスは娯楽が少ないので、スポーツをやっている人は多く、基本的にみんなやっていると考えてよいと言えます。

【回答② 井上】
カンボジアでもスポーツは盛んに行われています。例えば、朝早くから集まってきてダンスを踊ったりスポーツをしています。夕方にはペタンクやバレーをやっている姿も良く目にします。

【回答③ 岡山】
私自身はジャマイカに訪問経験がなくデータはありませんが、ジャマイカ人は身体能力が高く、スポーツは盛んだと思います。

【問い】体育科教育を通じて、カンボジア側はどう感じているか?また、国際協力に役に立つ日本の体育科教育の可能性について伺いたい。

【回答① 井上】
カンボジアには小学校が約7,000校あります。私たちが関わっているのは100校程度です。その中で日本の体育科教育を取り入れながら、カンボジアの人たちが自発的に出来る形をカンボジアの教育相と一緒に作ってきました。日本のものを持っていき、そのままやりなさいということはしていません。ただし、日本の体育は成熟しており、日本の教員が現地に行き指導することは有効だと思っています。

【回答② 中村】
ラオスには体育という授業はなく、運動会のようなイベントで活動しています。

【回答③ 齊藤】
体育がカリキュラム上ない国も少なくなく、あっても実施されていない場合もあります。運動会が注目されている国もあります。運動会は、単に体力向上や娯楽だけではなく、地域ネットワーク作りにも役立っており、地域社会そのものに開発効果をもたらすことができます。また、スポーツ・フォー・トゥモローの中で、日本の体育を輸出しようとする動きがありますが、日本の体育には独自の面もあり、集団行動を重んじることや、生徒指導的な役割については、そのまま輸出するのは難しいと考えています。また、体力向上についても、学校まで数キロを歩いてくる国の子どもたちに、「体育で体力を向上させよう」と謳ってもナンセンスな面もあり、現地の社会・文化にどう合せるかが課題となってきます。

【問い】活動に際し、言葉の壁はどう対応しましたか?どんな壁を感じましたか?

【回答① 井上】

スポーツに言葉は必要ないと言われますが、指導要綱作成等には言葉が必要になり、現地語にない単語を、現地の人たちと協力し翻訳するなど、地道な作業を繰り返し対応しています。

【回答② 中村】
やはり、ルールや基本的な点については言葉が必要になります。また、国際大会などルールの変更も多く、図解など工夫を入れながら対応しています。

【問い】地方創生と言う観点から、持続性が重要になってくるが、資金や人員などを考慮すると、イベントが単発的になりがちな面もあると思います、継続のコツは何でしょうか?

【回答① 中村】
人づくりの面からも継続は重要だと思います。継続した活動で関わった男性が、トッププレーヤーになり、起業した例もあります。信頼関係を築いていくことで、継続して活動を行い、継続性の大切さを実感していくことも重要だと思います。

【回答① 井上】
1つのことを継続するのは難しく、メインの活動が細くなっていくのは仕方がない側面はあります。しかし、そうなった際に、違う形でメインの活動を盛り上げていけるよう、企業や学校、大学生などを巻き込みながら、様々な形で活動を継続させるようにしています。

【回答② 岡山】
鳥取県は、韓国、ロシアと協働でスポーツ交流事業を行っており、各国持ち回りで実施するなど、活動ベースが構築されています。また、政府が関係している点も大切な点だと思います。ジャマイカとの関係については、2020年のオリンピックの事前キャンプ誘致実現を至上命題で関わっています。様々な協定や覚書も経済協力に結び付くような内容も盛り込み、互いにWin-Winになる関係を考えながら付き合っています。しかしながら、経済協力だけを全面に押し出してしまうと難しい話になりやすいので、信頼関係を醸成しながら交流を続け、その中で次のステップに見据えながら繋げていくのが良いと思います。

【回答④ 池田】
JICAはプロジェクトには期間があるため、事業継続は出来ないが、効果は継続させないといけない側面があります。効果をどのように持続できるかの工夫を事前に入れておくとよいと思います。我々は、強力なよそ者だからこそ平和構築の分野なども含め出来ることがあります。事業の効果を継続させるためには、事業を現地化、制度化、政策化していかなければならないと考えています。

【統括】齊藤 一彦 (広島大学大学院教育学研究科 教授)
キーワードの1つである「持続可能な開発」を取り上げ、持続的な取組みのためには、効果を目に見える形にする必要がある一方、日本が効果に対して注目するのに比べ、海外団体は、予算投下規模や、事業規模に誇りを持っており、結果に対しては比較的楽観的な傾向があります。同時に日本が国際協力として進めていくためには、被援助者だけではなく、援助者の側もメリットを感じられることが大切であり、その中で、何が出来るかを考えていくことが重要です。また、もう1つのテーマである「地方創生」については、パネリストの多くが地方創生を常に意識して活動・事業に取組んでいる状態ではないかもしれませんが、本日のようなセミナーを設けることで、多くの方と知識・情報を共有し、将来に向け考えることが大切であり、それがいつか地方創生に繋がっていくのはないでしょうか。

◆おわりに
本セミナー実施に当たっては、後援を頂いた団体の皆様だけでなく、準備から実施に至るまで、多くの関係者の皆様にご協力を頂き、最終的に50名を超す方にご参加頂くことができました。最後に、関係下さった皆様、そして参加頂いた皆様に厚く御礼申し上げます。